1940年代へもどる |
建物は飛行機格納庫を移築かねてからの日本スケート連盟の要望もあり、軟式野球場跡地にアイススケート場を建設し、「アイスパレス」の名称で開場した。これは同時に、アイスショーの興行など、施設賃貸でない「自主興行」事業も手掛けていくきっかけとなった。 |
一年を通してスケートを楽しむ四季を通じて滑れる日本初の屋内ローラースケートリンクを開場した。アイススケートとは異なり、季節にとらわれない手軽なスポーツとして人気を呼び、ローラースケートの発展に貢献した。 |
ジェットコースター日本初の都市型機械化遊園地が誕生した。開場にあたっては、スリルとスピードに満ち、立体的に機械化されたものという構想で、わが国初のジェットコースターを設置したところ、子供から大人まで大人気を呼んだ。遊園地の誕生は、その後水道橋地区が都心のレジャーゾーンとして発展する上で、大きなターニングポイントとなった。 |
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