 1980年代へもどる |
待ち続けた
ローリング・ストーンズの初来日
来日していなかった最後の大物アーチストグループを、当社が自主興行として、独自に招聘した。全公演のチケットは瞬く間に売り切れた。これを機に、東京ドームが野球場としてだけではなく、コンサート会場として認知されたと言っても過言ではない。
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新しいシンボルマーク
「エネルギッシュ・リング」
次世代のエンタテインメントを創造し、事業領域の拡充を図りながら成長と発展を目指していく企業に相応しい社名として、中核レジャー施設の「東京ドーム」をストレートに採用した。
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丹下健三氏による
洗練されたデザイン
情報化・国際化という社会情勢を反映して盛んになってきたコンベンションビジネスに対応するため、展示会やセミナーをはじめ、販売催事、パーティ、エンタテインメントイベントなど、あらゆるニーズを満たすホールが開業した。
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地下を走るジェットコースター
「ジオパニック」
屋内遊園地として誕生した「ジオポリス」はGEO=地下と、POLIS=都市国家を複合した言葉。「祝祭地下空間」のコンセプトのもと、地下という条件を活かした4つのアトラクションは、屋内施設ならではの密度の高い演出が印象的である。
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2000年代へ |