“心が動く”を、都市と社会に実装する。
“心が動く”体験は、
娯楽を超え、
都市と人をつなぐ社会的機能へと進化している。
東京ドームが挑むのは、
その体験を構造として設計し、
持続可能な価値へと昇華させること。
本コンテンツでは、
その思想と挑戦の全体像をお伝えします。




第1章
人類にとって、
“心が動く”とは何だったのか。
人類史を振り返ると、祭りや競技、見世物や芸能などは、いつの時代も人々を集めてきた。それらは娯楽である以前に、日常とは切り離された「特別な時間」を生み出す装置だったと言える。「心が動く」という現象は、人を同じ場所に集め、同じ方向を向かせる力を持っていた。
一方で、私たちを取り巻く環境は大きく変化している。情報やコンテンツ、選択肢に常にさらされるなかで、機能や価格といった基準だけでは、もはや選びきれない。「何が正しいか」だけでなく「自分がどう感じたか」が判断の拠り所になり、その感覚が消費行動にも強く影響するようになっている。
コト消費、トキ消費、イミ消費と呼ばれるように、人はモノそのものではなく、どんな体験に参加し、どんな時間を過ごし、どんな感情を共有したかで選ぶ。そしてその体験は語られ、切り取られ、SNSやコミュニティのなかで共有されることで、「どんな価値観を持つ自分なのか」を示す、自己表現の手段にもなっている。
誰もが発信者になり得る時代において、体験を選ぶことは「消費」であると同時に、「どんな世界観に共感し、どこに身を置くか」を示す行為でもあると言える。私たちは、そうした自己像を文脈ごとに使い分けながら生きている。
もし、そのような「心が動く体験」が、一度に数万人規模で共有され、しかも単発ではなく、何度も立ち上がり続ける場があるとしたら—。それは単なるエンターテインメントではない。不確実な時代に、人が実感を持ってつながり直すための、一つの社会的な機能なのかもしれない。
第2章
心は、どのように
動かされるのか。
では、人の心はどのようなときに動かされるのだろうか。事前に形成される期待。その場に身を置いたときの第一印象。周囲の状況や他者の存在によって生まれる文脈。時間の経過とともに更新されていく解釈—。これらが連続的に作用し、出来事が「理解」ではなく「実感」としてつながったとき、人は心が動いたと感じる。
重要なのは、心が動く体験が、すべて予定通りに進んだ結果として生まれるわけではないという点だ。予期しなかった出来事や、想定外の受け取り方、その場にいた人同士の関係性によって、体験の意味は大きく変わる。体験の価値は、しばしばこうした偶発的な要素を含み込みながら立ち上がる。
だからこそ、心が動く体験設計の本質は、感情を操作することではない。人が出来事のなかに意味を見出せる状態を、意図して整備しておくことにある。始まりから終わりまでが一つの文脈としてつながり、世界観によって没入が妨げられず、なおかつ解釈が一つに固定されない—。そうした結果、出来事は単なる事象を超え、人の中に残る「体験」として成立する。
その出発点になるのが、人が持っている「好奇心」だ。人はどこで足を止め、何に期待し、どんな瞬間に意味を見出すのか。「なぜ、ここで心が動いたのだろう」という問いを持ち続ける姿勢そのものが、体験設計の起点になるからだ。その好奇心によって、人の関心がどこで芽生え、どう深まり、どの瞬間に共有されるのかが紐解かれていく。 そのプロセスを構造として捉え、仕組みとして設計することで、心が動く体験は、偶然ではなく、再現可能な価値へと変わっていく。
第3章
“心が動く”は、
ビジネスになり得るのか。
ビジネスにおける“心が動く”体験は、偶然のひらめきだけで成立するものではない。空間設計、動線、時間配分、オペレーション、リスク管理、収益構造—。無数の要素が意図して組み合わされたとき、初めて「感動した」「楽しかった」という結果が生まれる。
その設計をしていくうえで重要なのが、デジタルの存在だ。来場データ、行動ログ、回遊傾向、混雑状況、購買履歴。体験は感覚だけで語られるものではなく、可視化され、検証され、次の設計へと還元されていく。こうした循環が、体験ビジネスを一過性の成功から、持続可能な価値へと引き上げていく。
同時に、“心が動く”体験やエンターテインメントは、いま社会そのものから強く求められている領域でもある。物質的な充足が進み、情報が過剰に流通する時代において、人々が求めているのは、「所有」だけではなく「実感」、「効率」だけではなく「意味」、「消費」だけではなく、記憶に残る「体験」だ。体験ビジネスは、娯楽の枠を超え、社会の“温度”を保つための基盤へと役割を広げつつある。
また、コロナ禍以降のインバウンド需要の回復と拡大によって、日本の「体験価値」はいまや文化資源としてだけでなく、「経済価値」へと転換可能な成長領域として注目されている。「モノを売る国」から、ここでしか得られない「体験を提供する国」へ。文化、空間、コンテンツ、ホスピタリティなどを掛け合わせ、人を引き寄せ、心を動かす力そのものが、日本の新しい競争力になり始めている。
そして、「東京ドーム」という体験の舞台は、もはや「場所」だけにとどまらない。訪れる前に高まる期待、デジタルで触れる情報や映像、体験後に共有され、語られ、何度も思い返される記憶—。リアルとデジタルが重なり合うことで、体験は時間と空間を越えて拡張され、感動を蓄積し、循環させていく“体験のエコシステム”へと進化を遂げている。
“心が動く”を、瞬間で終わらせない—。意図して設計し、磨き続け、拡張し続ける。その挑戦の中心に、私たち東京ドームは立ち続けている。
第4章
“心が動く”は、
社会を、未来を変えられるのか。
“心が動く”体験は、個人の感情で終わるものではない。同じ瞬間を共有し、同じ空気を感じた人々のあいだには、言葉にしきれない「共通項」が生まれる。その「共通項」は、人と人の関係性を変え、価値観や行動の選択に影響を与え、社会の空気に少しずつ変化をもたらしていく。
そもそも人間は、孤立した個としてではなく、他者と関わりながら生きる社会的な存在だ。集まり、感情を共有し、共通の体験を持つことは、文化や共同体を支えてきた人類の根源的な営みでもある。
分断や孤立が語られるいま、“心が動く”体験は、そうした人間本来の営みに立ち返らせ、人と人を再びつなぎ直すと同時に、心理的な幸福や健やかさ、well-beingの土台を支える社会的な接点にもなりつつある。
都市においてその役割を担うのが、東京ドームシティのように、人が自然と集まり、回遊し、複数の体験が連なっていく「複合的な場」だ。東京ドームという象徴的な空間を起点に、イベント、スポーツ、アトラクション、飲食、商業、日常の動線までを有機的に束ねる。そこは単なる施設の集合体ではない。人と人の関係性を生み出し、人と都市との接点を再構築しながら、人の行動導線や滞在のあり方、感情の起伏までも含めて、都市体験そのものをデザインする“社会的な装置”として機能している。
祭り、スポーツ、芸能、そして都市の場で生まれる偶然の出会い。そのなかで、人が何を体験し、誰とそれを共有してきたか—。体験と人とのつながりの連なりは、都市のアイデンティティそのものだ。
“心が動く”体験は、娯楽でも装飾でもない。
文化をアップデートし、共同体を構築し、都市のあり方を次の世代へと受け渡していく、社会の中枢的な営みであると言える。
そして、その最前線に立つのは、完成された正解を持つ人ではない。問いを立て、試行錯誤を重ね、アップデートし続けられる人だ。その原動力となるのが、“好奇心”。人の行動や価値観、社会の変化に目を向け、まだ顕在化していないニーズや兆しを抽出し、体験としてかたちにしていく—。
ここは、“心が動く”という現象を、都市と社会のなかに実装し、人々の “心に残る”価値へと昇華させていくフィールド。
そんなフィールドから、次はどんな“心を動かす”体験が生まれるのだろうか—。
この場所から、まだここにない未来をつくるのは、君だ。